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 白地に細い銀の罫線。端にだけそっと抜かれた薄い青。
 そんな紙――素直に表現すれば便箋――の前で、彼女はつっぷしていた。

「おお ヒサ子よ しんでしまうとはなさけない」
「うっさい」

 どこからともなく聞こえたような天の声に噛み付いて、胡乱げに顔を上げる。
 王様の声でないことは確かだ。彼女の国の王様はあんな声ではない。
 普段は眠たそうにも見える半眼は、このときばかりはガンを飛ばしてるようにしか見えなかった。

 便箋。
 それを目の前にして行うことは、ただ一つ。手紙を書く、それだけだ。
 間違っても寝たり死んだりすることではない。
 そんなことはわかっているので手紙を書こうとして、ペン先が紙に触れそうになった瞬間にギャーと叫んでぶっ倒れた。
 手からすっぽ抜けたペンがどこかに当たる音がする。ああしまった、アレはお気に入りなのに。雪の結晶のチャームのついた青いペン。この国では見られない、雪とかいうものはなんであんなに綺麗なんだろう。壊れていないだろうか。拾って確かめなきゃ。確かめに行かなきゃ。ああでも。
「一緒に見てみたかったなー……」
 倒れた場所から1ミリたりとも動かないままでそう呟く。
 他でもないその日に、一緒に過ごして、一緒に見てみたかった。
 そうできないのにはそれなりの理由があって、だから仕方がない。
 仕方がないから、今手紙を書こうとしているのだ。
 渡したかったプレゼントも、せめて手紙だけでもと思ってた手紙も、渡せるチャンスがある。
 それはいいことだった。いいことだったのだが。
「何も書けないい……!」
 重大な落とし穴だった。

 別に物理的に書けない訳ではない。単に心の、なんかこう意地とかそういう部分の問題であった。
 外見が精神に影響したか、はたまた精神が外見に影響したか、一番有力なのは中の人がロリコンだから、という説だが、とにかく想定よりも大分幼い外見のアイドレスとなってしまったものの、彼女はそれなりに快適だった。割合素直に行動しやすいのである。
 けれども、それは相手を目の前にしていれば、の話だった。
 相手が目の前にいない。どころか、他の女と一緒にいるかもしれない。
 一人で過ごされるよりは余程いいが、そんな状況で、下手したら他人にも読まれることを想定すると、何もかも素直にさらけ出すのは気が引けた。
 手紙なんてもの、大したことを書いてなくても本人以外に見られるのは何かヤだし。
 かと言って、プレゼントよりもそこに同封された手紙の方を喜ぶところのある彼女としては、手紙をつけないという選択肢もなかった。
 進退窮まって、とりあえず横に逃げる。ごろり。
 枕元に備えるような、小さな聖書があった。
 星の無い深夜のような濃紺の表紙。ただしページの端に当たる部分は、晴れ渡った青空のような鮮やかな青。
 表紙に金字で「HOLY BIBLE」、ご丁寧にロザリオまでついたそれは、しかし聖書ではなかった。
 開けば、創世のお話の代わりに、鏡のような小さな銀の懐中時計と、それのための長めの銀鎖が入っている。
懐中時計


 さらに時計の蓋を開けば、聖書を模した箱の表紙よりは明るい、鮮やかな濃紺とそこにまぶされた星のように時折輝く小さな銀の粒、その上をめぐる華奢な銀の針があるはずだった。
 夜空だと思った。どこまでの彼女の趣味である。プレゼントにするんだという名目で、勢いで買った。
 手巻きなら、どこの世界でも動くだろう。おそらく。どこかの骨董屋で見つけた割には、一片の曇りのも見当たらなかった。
 
「……もう、おくるの、やめよっかなあ…………」
 倒れたままうずくまる。芋虫であった。ネガティブネガティブ。
 そう、プレゼントなんていうのは名目だった。気に入ったものでも、自分のために、というのは買いづらかった。人のためにすると平気で買えるので、そう、だから言い訳ですよプレゼントなんて。自分で使っちゃえばいいじゃない。わたし、時計、今あんまり必要ないけど。
「………………」
 本気で検討し始める。贈るのをやめて、これをこのままここにおいておく。インテリア。たまに触ってにやにやする。好みのもので部屋を飾る。手紙も書く必要がなくなる。うん、完璧!
「……だめええー」
 3秒で棄却された。
 芋虫から顔を上げる。よつんばい。いきなり人間には戻れなかったが、代わりに深く考えるのをやめた。
 すっ飛んで行ったペンは後で探す。
 しまいこんであったクリスマスカードを引っ張り出す。夜空から明け方までの青。これまた細い銀の文字で、メリークリスマス。
 うっすらと白で描かれたデザインに時折混じる、銀の星や結晶。
 二つ折りのカードを開けば、小さな録音機器がついている。
 どこにいるのか、どこに届くのかもわからない状況で、こんなものを使っても届いた先で稼動しないんじゃないかとか、そもそも声って手紙より恥ずかしくないかという理由で封印していたのだが、もう気にしないことにした。
 ええと、声、声。あれ、わたしってどんな声だっけ。声ってどうやって出すんだっけ?
 ついてこれずに混乱する脳を無視して、録音ボタンを押す。

「お誕生日おめでとうございますっ。ほんとは、いっしょにお祝いしたかったんですけど。いつか、いっしょに雪を見たいです」

 離す。
 早くなかったかとか声がおかしくなかったかとか気になったけど、聞きなおさないことにした。
 メリークリスマスはカードに任せた。クリスマスプレゼントは先に渡したマフラーの方だ。これは誕生日プレゼント。
 そういうことは言い忘れたけど、まあいい。ニュアンスで伝われ。無理か。でもいい、録り直さない。
 そのまま閉じて、濃紺の封筒にしまう。あて先だけは何とか細い銀のインクで書いて、封をした。
 聖書にロザリオをかけて、箱を留める。ついでに雪の結晶のオーナメントもくくりつけておいた。
 そろえて、クッション材を敷いた袋の中に収める。
 それから少し悩んで、先ほどふっとんだペンの片割れを取り出す。
 ごくごく細身の銀のボールペン。クリップに、目立たない大きさで雪の結晶がかたどられている。
ボールペン抜粋

 まあ、こっちなら、いいんじゃないかな。うん。おとこのひとでも。結晶も目立たないし、別にどこでだって使えるよね。
 細い濃紺のリボンを巻いて、聖書とロザリオの隙間に差し込んだ。これでよし。
 これ以上プレゼントを増やさないために、さっさと袋をとじる。細いモールで軽く留めて、上からリボンを巻く。雪の結晶のオーナメントをつけようとしたところで手が止まった。いやいやいや、止まるな。止まるなったら。おーい。
 葛藤の原因はわかっているので、心の中でだけ溜息をついて、机の上の細い鎖を引っ張った。鎖に通された小さな輪が重なって、小さく、澄んだ音がする。
 指輪二つ。黒と銀。おもちゃではないが、間違っても宝飾品ではない。
指輪拡大(…………)

 黒の方には、その細身にしてはやや大振りな石がついている。ダイヤを模してカットされたそれは、それなりに複雑な輝きを放っているが、おそらくジルコニアですらないだろう。
 銀の方は何の飾り気もない、シンプルなもの。
 小さなそれらは、彼女の指はともかく、相手の指には通らない確率のほうが高いだろう。だから鎖に通してあるし、そもそも指にはめて欲しいわけでもなかった。単なるお守りみたいなものだ。何かの伝承や効能があってのものではない。ただ、大切にしていたものだから、お守りくらいにはなってみて欲しい。そんな願い事。
 しかし少女から指輪を贈られる相手の姿を考えると、どうも素直に喜んでもらえる気がしなかったので取りやめたのだ。要求してると取られても困るし。
 ……でもまあ、プレゼントじゃなきゃいいんじゃないかな。
 リボンの上から鎖をかける。随分余ったので、二度ほどくぐらせて正面に向けた。上からもう一度リボンを巻く。今度こそオーナメントを通す。それらを巻き込んで、リボンを結ぶ。
 よし。
 藍色の袋に白いサテンのリボン。銀の雪の結晶。
 指輪は結晶に隠れて、随分目立たなかった。
 よし。
 指輪がどうなるかは気にしないことにした。ラッピング材として捨てられても、最悪、他の女の手に渡ってもいい。
 一方的に想いは果たした。まんぞく。
「やりましたっ。わたしはやりました! いえす! うしろはふりむかない!」
 握りこぶしで己を鼓舞する。ふと、顔がずっと強張ったままだったことに気付いて息を吐いた。吸う。吐く。笑ってみる。
 よし。
 あとは、送るだけ。
 そろりと、結晶の下に隠れた指輪に触れる。
「無事に、届けて、くださいねっ」
 祈る。
 ちりちりと、澄んだ音が響いた。



プレゼント内訳:

 懐中時計
(銀色の。夜空みたいな文字盤に、小さな円状のスケルトン部分があって一部だけ歯車が見えます。そこに赤い石が)

 クリスマスカード
(封筒の中に入れてあります。音声メッセージつき)

 ボールペン
(銀色の。クリップ部分にひっそり雪の結晶が)

 指輪(但しラッピングの飾りとして使用)


 以上です。
 イラスト中の箱だか本だか、みたいなのが「聖書を模した箱」。ロザリオを巻いて止め具にしてあります(描け)
 袋の中にさらにプレゼントが入ってるのではなく、上記のものをラッピングしてあります。
 詳細はSSで。


 上の絵だけだと時計がでかく見えるので大きさ比較。
比較画像・無駄にクリスマス仕様
 ヒサ子さん(ちっさい)の片手の上に余裕で乗る程度の小ささです。













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