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人生詩 神野 佐嘉江
五月十五日
■十代
■僕には善も悪も問題にならない。往来で通行人に刃物をつきつけている不良を見ても冷ややかに眺めるだけで、この悪党めとも何とも思わないだろう。善とは何か悪とは何か。善とはこれこれこういうものだとたとえ自分にわかったとしても僕は、その定義に則った行為をとろうとは思わない。その場その場、相手との関係を考えて、適当に判断するだろう。■金がない、腹が減ったと日に何度も毎日毎日同じ人から聞かされればいらいらしていい加減腹が立ってくる。
▼四十代
▼玄と本駒〔図書館へ行った〕。『かっこ野鳥』『ことばおもしろゼミナール』『作文十一講』『フランス幻想文学 』『読ませる文章の書き方』などを借りる。図書館を出るとき強い雨が降っている。雲合いを見ると、地雨のようなので、小降りになることはあるまい、と走り出す。バス停へ着いたとたんに小降りになる。玄は肩・胸を濡らし「すぐ乾くよ」。▼銭湯へ行った。風呂屋の息子の一太郎さんと湯船で鉢合わせした。「お父さんは区会議員に出ず、もったいなかったですね」「病気なもんで」「心臓かなにか」「痛風です」▼この頃家でもバラが咲く。臭いを嗅ぐとほこりの匂い。匂いの女王と言われているのにと、いつもながら不思議に思う。▼テレビで川柳会「たのしき仲間たち」をやっていた。
幻覚か牛ほど大きい春の蠅 糊カス=三木のり平の息子
風呂の中文句あるかオレの糞 赤塚不二夫
一突きでやがて芽を出す罪深さ
●六十代
●芽里さんは、担当のプランター草花ケアで夕方近く来て、デジカメなど撮った。芽里さんはゆっくりしていった。己のことを老醜と思っているので僕は若い女性の前にあまり顔をさらしたくない。歯が汚いのであまり口をあけて笑いたくない。芽里さんは、僕に好意的らしいことを先生も言っていたが、今日そんな様子も見てとれた。彼女を挟んで先生と僕とは話していたが、彼女は丁寧に向こうもこちらも変わりばんこに顔をむける。●森野にお礼をしなくちゃと思って聞いたら、オレンジジュース百%が好きとのこと。この娘はいつもにこにこしている。大柄でもある。●先生の貴重なデモがあった。ペトリ皿からペトリ皿への作業に際しては、寒天の表面が乾くよう、作業の一、二時間前に冷蔵庫から出して置くこと。スラントからペトリ皿へ移す際の注意は、単コロを拾うことなどを教えていただいた。綿栓一年、バーナー三年の世界で鍛えられたという。●ラボのコンピューターが稼働し始めた。蟻町さんが関係者の住所録を作る。各人の校正を待つばかりだ。●凜、内山胃腸科で胃カメラを飲む。胃の入口が水膨れ状態になっているらしい。夕方いつもよりちょっと遅れて帰る。電話を入れたら留守電になっている。外へ僕を迎えにでも出たのかなと思い思い家路を辿った。家はダイニングに明かりが灯っていない。ピンポンを押しても応答がない。検査の流れでまだ病院かなと思いもした。内に強盗がいると悪いので、玄関のドアを開けたまま、家の中へ恐る恐る入る。背中のリュックも下ろさずダイニングからキッチンへ回る。変わった様子はない。では、和室かと行ってみると、ここに凜の黒い頭が布団の間に見えた。「あら、もうそんな時間」と寝ぼけ眼。検査で疲れ、NHK基礎英語を聞いているうちに眠ってしまったものらしい。●今日はさすがに忙しくて、辞書通読も思うように取りかかれなかった。
五月十七日
■十代
■小泉君は子供っぽくて滑稽。夜の12時ごろ、今日は徹夜で考える、と言うから何事かと思ったら、次のようなことを語った。郷里に自分の好きな女の子がいる。その女へ出した恋文の返事が届いた。曰く東京には綺麗な女の子がいるからあなたはたとえ現在私が好きであっても信用できぬ。小泉君が言うには、なるほどもっともなことで、自分でも頼りなくなってきた。浮気するかもしれない。女の子の家は相当良い暮らしをしていて、自分ごとき経済的にごみである者を親は許すか。考えることがいっぱいだ。
▼四十代
▼午後三時頃、雷の鳴る変な天気だ。宵の口に突風が見舞った。夜、追い風で不忍池を回るマラソンへと出発。トレーニングウェアの下はランニングシャツ。少し肌寒い。東北地方は吹雪で、気象観測始まって以来の異変とか。▼会社で版画を彫った。新カタログ用イラストだ。満開の桜と幔幕の図柄とした。桜が小さくて難しく、うまくいかなかった。▼今日はおかずが肉じゃがの弁当だった。▼銀座伊東屋へトレスコープをしにいった。表紙作成のため。▼昨日今日隣のビルは新しい作業機械を入れて杭を打ち始めた。▼玄は塾の組み替えは番狂わせが多いという。ZがDEへ。Eの角もDへ.まだまだ安定していない。ということは玄にもまだチャンスはあるということだ。
●六十代
●花福へ作品を送った。この頃朝方たいてい八時前に投函する。料理用の計りで重さを知る。郵便局へ行かなくていい。●踊り場にプランターを置くことを事務から注意された。階段の降り口だし、防火壁の開閉を妨害しているからと。幸い前もって先生とそのことについて電話で話をしていて、「二十八日まで、一週間ぐらいだからそのままで」と頼んだら、それならとOKが出た。この談判のとき窓から見慣れぬ小鳥が入ってきて、事務の人が手を差し出すと指に留まった。人を恐れた様子がない。不思議な光景だった。●愛奈さん。初め四㍉。岩田帯を一週間前に終えた現在、二十㌢四百㌘。少し反り返った姿勢になってきた。食欲旺盛で「二十㌔増えたらどうしよう」。●凜は広子おばちゃんと植物画教室へ行った。一口にボタニカルと言う。「ウチが週に一日多くいるようになったのでいやだ」「桜ちゃんは落ち着いてきた」などと広子おばちゃんは話していたそうだ。二階の空いている部屋がいよいよ凜の部屋になった。開き戸へ向かって机を置き、背椅子を立てる。絵を描き、英語を勉強する用に当てる。
五月十九日
■十代
■久米氏来る。お茶の水大学のダンスパーティ券をもらう。久米氏は物を与えるときには、よけいな礼を言わせたくないつもりなのか、てれくささを隠すつもりなのか、ポンと放り出して与えるのが例である。若林氏から売りつけられた別のダンスパーティ券もあって、その処置には困った。夜あちこちへ電話する。紀美子さんへかけたら留守。上田さんは話し中。佐藤君は電話へ出たができないとのこと。かけた所皆断られた。花福のお姉さんへ500円のだからと言ったら即座にじゃ行くわという返事。嘘なものだから気の毒をした。花福としばらく歓談した。率直なところ、実際はそうではないけれど、性格が暗いという印象を与えると花福は言い、こちらは、面と向かって気まずいことを平気で言う自分であることを告白した。
▼四十代
▼全体の色合いをチャーコールグレーにまとめた二十歳ぐらいとおぼしき長身の男の子を電車内で見かけた。髪は豊かで淡く染め、細い縞柄の薄いシャツ、裾を折り返したズボン、濃紺の靴下、グレーの靴。長い臑の足を組み、横の同じような服装の友達と何やら話している。前を娘が通ったら、二人ともその娘に一様に目を付け、そのまま通り過ぎてからも追っていた。やはり若い。彼ららしい。▼家を買うことが重く僕の肩にのしかかってきた。一寸先は闇の感が深く、一日一日を危ぶみながら過ごしているこの頃。やはり凜には家を持たせてやらねば可愛そうとの思いがひしひしだ。会社がしっかりして収入が安定していればいいが。新潟に持っている山の土地もなかなか売れないし。凜が勤めるパート先の診療所も、老人医療法改正や医薬分業で暇になってきたなどなど、不安材料はいっぱいある。ここで潰れぬようにせねばと覚悟した。
●六十代
●朝と夕方と二度学校へ水撒きに行った。●先生の机の上に裏返してあったペーパーを見たら箕面さんのだった。「腐植酸の簡便検定法」についての研究報告だった。松の堆肥が寝かせれば寝かせるほど、腐植酸が増えていた。好意的に扱おうと思った。●帰りがけ家の近くまできたら、車が側溝に填っているのに出合った。女も混じって四人ばかりで車を引き上げている。いったん通り過ぎたが戻って声をかけた。「僕に何かできることはありませんか」。僕格好の老夫婦それに若夫婦が当事者だ。「よけようとしてはまったのですか」。うかぬ顔して答えがはかばかしくない。パンクしているとも。業者へ連絡するとも。そのうち、老婦人独り所用ありげに群れから抜けた。近くの「花狂いの婆さん」が声を掛けてはいつの間にか消えた。しばらく見ていたが、手助けにならないようなので、僕もそこを離れた。●凜が独りで町田の図書館へ歩いて行った。えらい気力だと不審に思っていたら、カラオケのCDを借りてきていた。ははーん、これあるがためだったのか。凜は苦笑いしていた。●玄の部屋から僕のものを全部引き上げたらすっかり凜の部屋となった。凜はさっそくボタニカルの絵を描いていた。●風呂から上がったら、風呂場は入口を開け、湯船の上の窓も開いておくこと。凜からやかましく言われた。
五月二十日
■十代
■夕方、渋谷駅の人混みの中で大学祭プログラムの残りを売る。はじめはさすがに気後れがして、5分ほどもじもじしていたが、意を決して、どきどきしながら、地下鉄入口で待ち合わせしている若い女に声を掛けた。ありふれてどこにでもいるような容姿の娘さん三人。相手が一人だと十中八九まですげない肘鉄砲は請け合いなのだ。この娘さんの一人は、僕が宣伝文句を言い終えたら曇りのない目で僕を見ていた。そうして笑って、今度の土・日は行けないわ、あなたはと友達を向いて受け付けなかった。五・六組若い娘に話しかけた。一組はすれた女とおぼしいが、いとも簡単に用事で行けぬと言う。次の一組はセーラー服を着た中学生達で、顔を見合わせるだけで何も言わずにすっと離れた。井の頭の改札口へも行った。実はここで二部売れた。一人はセシルカット、綺麗な二重まぶたのくりくりした顔の綺麗な娘さんとその母親らしい人。行かないけど買ってくれた。口上もだんだん充実して過不足なくなってきた。娘連中は捨てることにしておじさん連中へ目を移した。大人の貫禄を示して買ってくれる率が高かろう、少なくとも手にとって見てくれるだろうと計算していたが、全く失望させられ、屈辱感さえ覚える始末。たいていは立ち止まりもしないで、笑っていやいやけっこうと言い、手を横に振って去ってしまう。なかでも腹が立ったのは、ぼんやりした顔を声を掛けた僕へちらっと向けて黙々と行くオヤジである。結局一部が若い娘の手に売り始めてやっと二時間ほどで売れただけである。世のオヤジよ、なんと心が狭苦しいことか。たとえ偽物を握らされたとしてもたかだか50円くらい何だというのだ。グレイの背広、グレイの中折れ、首も回らぬくらい気取った瑞々しさの抜けた紳士は、丸の内スタイルの役人、農林省勤めだという人だった。
▼四十代
▼蒸し暑い日だ。予想では25℃近くまで。外販連中はくたびれて帰ってきた。顎を出し、のたのたと歩き、ネクタイを緩めている。▼医者は自分勝手が多いという。看護婦の高橋さんの家へ突然現れて、先生が地面を測る。どうしたのですかと尋ねると、ここに病院を建てるからねと言われた。また別の先生は彼女の都合もきかず、日曜の夕方、彼女の住み処へ夕日を撮りに行くという。さらに別の例では、病院で待っていると、先生から電話がかかり、今、あんたんちにいる。▼佐伯先生の冷たさは事故などの紛争に巻き込まれたくないためだと解った。奥さんはさばさばしているが、先生は金のことに細かい。帳簿のことで話していると、診療途中でも寄ってきて、説明などに及ぶ。▼会社の入江さんは失業中に車の免許を取った。沖君は十八歳を待ちかねてすぐに取った。▼業者の武蔵さんのスーツはグレイ。真っ白のYシャツに濃紺のネクタイをコーディネイトし全体が引き締まっている。ネクタイは赤筋の模様だ。
●六十代
●夕方、散歩がてら凜とOXまで行って、『たまごクラブ』六月号を買う。胎児の発育の様子漫画など、大いに参考になる。「子宮外妊娠」「前置胎盤」などはっきり知る。●新聞を切り抜いたまま大分溜まっていたので、仕訳し整理した。●魁皇元気なく負け、出島もふがいなく朝青竜に負けた。●読売新聞「人生相談」を材料に試みる。
喜びの子は産まれたが離婚する
できた子は不倫隠して夫の子
悪口を触れ回るやつまた聞きで
要らぬもの脳梗塞が買わされた
母となる心ばかりか体まで
五月二十一日
■十代
■寮の伊藤の誕生会だった。皆で恋文横町の「仲間」へ繰り出す。緑ちゃんという子と話す。僕を見て、ハンチングを被っていいわ、お客さんによくお似合いだわ。商売っけのある嘘とみた。
▼四十代
▼休みを取った。十時から十二時まで寝る。午後、尾辻克彦の『雪野』を読んだ。▼玄は運動会だった。クラス優勝のつもりが2点差で二位だった。走り高跳び、これも優勝で陸連のつもりが153cm飛んで二位だった。近所のミミちゃんが中一なのに、14秒台を出して評判だったとのこと。日焼けして眼鏡のあとやランニングのあとがくっきり残る。目が涼しくいかにも若者だ。疲れて階段を登りきれない。お湯で体を拭くと、濡れたところに黒い筋ができた。銭湯へやる。▼佐伯先生は結婚式にお呼ばれなのだろう式服を着ながら患者さんを見ていたとのこと。▼マア君のお母さんが玄の合宿「霧ヶ峰は制服(黒ズボンに白シャツ)」と教えてくれた。▼新潟の婆ちゃんより、シャケ味噌漬け届く。舌鼓を打つ。
●六十代
●朝早く『日本国語大辞典』を読み始めたところで、先生と芽里さんがやってきた。花芝へ水やりにだという。水はまだ十分だった。芽里さんは先生に手伝って、パラオの英文を打ち出す作業をしていた。会社から電話が掛かってきたが、腐植酸で手一杯だったので、愛奈さんに出てもらった。学校へ提出するわれわれの契約書の文言についてだったということを後で知った。●早稲田にしようか、ここに留まろうか、先生の心は揺れている。自分の後釜を誰にするかの問題もある。小林先生の意見は「歳だもの。そんなに無理することないじゃないの」。その議論の後先生はラボへ立ち寄りくどき話になった。●中村さんの電話がラボへかかってきた。山本さんの原稿をお宅へ送るように言うがいいかと問い合わせる。土方さんがOKというのでラボへかけてみたとのこと。今日は仕事じゃないの、と聞くと、月曜は空いているとのこと。●腐植酸の分析で夜七時まで根を詰めた。
五月二十二日
■十代
■昨夜、行天さんと逢う。意外ときれい。頭のきれる女だ。黄色いカーディガン、グレイのスカート、その下に相変わらずの大根足。知的にしゃべる。■夜、茶なり水なりを注ぐ、チャボチャボという音、これを聞くのは心細く興ざめである。子供の頃を思い出す。熱が出てうなっている耳元でこの音がよく聞こえてきたものだった。
▼四十代
▼科学博物館「貝展」を凜のたっての勧めで見に行く。形と模様の千差万別なのに打たれる。大は208㎏、小は○・六八㎎。筍や針のようなものもあれば、リンボウやあばら骨まである。模様は二枚重ねというか二系列のものも多い。絵を描くのに大いに参考にしようと思って「図録」を買ってきた。▼炎天。凜は日傘を差す。それでも日に焼ける。そのうえに帽子を被ればいい、と言ったら賛成した。▼博物館沿いの公園にはヘビイチゴ、ニワゼキショウが咲いている。森林浴について話す。喫茶店「パセオ」は覗いてみたけれど満席で断念する。「アンデルセン」でサンドイッチを買う。夏ミカン5個250円。世界日報50円。▼パンにラーメンで食べる。なべちゃんが部屋に立ち寄り、貝の図録を覗く。ラーメンは塩分多い。とくにつゆはと言う。▼玄はオヤジが死んだらオレもと言うので父に叱られる。▼右目が痛むので、夜は蒲団に寝ころんで目をつむる。疲れ目で、使いすぎ。
●六十代
●凜、和田洋子さんから、カラオケの古い歌のメモを貰った。▼蟻町さんが「おんでこ」など二本のビデオを貸してくれた。明日持ち帰ろう。
●柔道部の部会。プレスセンタービル。二次会にも出た。六時より。
○谷戸君。「Mパワー」は退社。柔道についてのボランティア。/フランス四十万人、ドイツ三十万人、日本十五万人。これは警察官の柔道人口。日本の柔道危うし。/下の子は男の子で大学生。どちらかが音楽を好む。/お父さんは九十四で亡くなられた。八十四から十年間ぼけていた。母親は早く亡くなった。「どちらに似ているか」と、仲間のKが言っているとか。/「元気か」と帰りがけ後ろからT君が背を叩いた。
○仲代。「水資源公団」から「集落排水何とか」へ移った。集落?排水?何をするところだ、と蜂の巣をついたような大騒ぎ。要するに村の排水だと。/「半月板」が痛んでいる。/百㌔のベンチを持ち上げる。
○大山。アポどおり、七時十五分に来た。拍手とどよめきで迎えられた。/失敗学の本は十二万部にまで進んだ。ベストセラーだ。講談社が言うには「本を書く人は例外なくベストセラーを夢見ています。先生はほとんど初めて書いた本でそれを達成された幸運児です」と。講談社の持つノウハウに従った。「題名も原題は『失敗論』、文章も漢字が多い、これでは売れません」。インタビューは一切断ってはいけません。六十幾つこなした。それぞれインタビューワーのメディアは数万の読者がいる。そこが買ってくれる。また「口コミで広がります」。そこで最初の印税で四百冊買って配った。印税は「すごいよ」。ライターと半分ずつ。/三分の一が「先生」、三分の一が「口出し稼業」、三分の一が「公との関わり」。「先生」は大学教授。週二回の授業のほかは何をやってもいいが、外ではこの大学教授を名乗ることが条件。給料は安い。「口出し稼業」は、いま社長じきじきに頼まれ、守秘義務の念書を入れ、某社とやっている。抱えている問題を持ってくる、「それはすごいぞ」。「公との関わり」ではある政党に呼ばれた。この人たちは思った以上に真剣。NHKにも出たが一回ン万円。タクシー代は帰りの分だけくれる。初台の「なんとかタワー」に事務所を構え、秘書二人をおいている。/ナノメートルをやっていたが、大学を離れたら何にもできない。/とにかくいろんな人と会うようになった。
○黒部さん。「日本人は失敗を隠す。Y・Hは日本の文化を変える。みんなで応援しよう」。
○藪田君。検事生活は初めの十年と最後の七年間は現場であったが、後は行政の仕事であった。学生運動の高まりと浅間山荘事件を機に退いていく体験をした。前も後ろも競争相手に合口を突きつけられている感じだった。「世渡り下手」で学生時代悩んだ。打開すべく、三年になるとき柔道に打ち込んだ。/激務だったので、しばらく休んでそれから世の中の役に立つことに乗り出したい。
○饗庭。単身赴任。女房子供はアメリカ。夫婦ってなんだ、としきりとこの頃考える。女学生からは「先生がもう三十年若かったら」と言われる。「三十年若かったらおまえなんか相手にしてないよ」。
○横山。「宇宙科学研究所」。七月に種子島で人工衛星を打ち上げるが、あがるかどうかわからない。神経をすり減らし、何人も胃を痛めている。部品それぞれはシックスナンバーと言って99.9999%まで行くが、それらを集めた集合体は、どうしても八十%へ落ちてしまう。/部品のバネの接触不良で落ちてしまう。/「職人魂」が欠けてきた。
○「ぼやきの」木立ちゃん。息子が刑事になった。
○若狭さん。定年後、ある会社に勤めたが、日立専務のMの計らいで日立に雇われた。特別に執務室も作ってもらうなど破格の扱いだ。日立社員に悪さをしていないか、相談を受けて処置をする仕事。/総入れ歯。激しい運動をすると入れ歯がぬける。/タバコを飲むと奥さんから吸うなと言われる。健康を憂えてではなく、タバコ代がおしいから。
○大西。定年退職して何もすることがない。会社で三十何年間、何をやっていたのだろう。技術が何にもない。
○西沢。いま専務だが、この六月から監査役になる予定。向こう3年間は安泰。五年計画で奥さんとアメリカ大陸横断を始めた。五月の連休に千六百㌔をやってきたところだ。/娘達が六十になったら免許証を取り上げる、と言っていたが猶予してもらった。
○西。恋愛は楽しい。プラトニックラブ。刑務所に入っているMさんに「おまえ大丈夫か。心配だ」と言われた(笑)。/選考会で肩の骨を折り、高校の先輩の黒部さんに付き添って泊まってもらった。「その節はありがとうございました」(笑)。/本を渡した。Nさんの分も。Nさんは彼の同級生という。会社の近く。/今年で定年退職。「引き続きここを使えるようにしておきます」。
○石原。某繊維東京工場長。売却交渉。「ごもっともでございます。ようくわかります」(笑)。
○坂之上。さる食品会社の社長。「東京駅近辺なので寄れば昼飯はおごる」
○酒井。京都のハウスメーカー勤務。M&Rが仕事。
○服部。仙台から一日休んできた。デジカメで盛んに撮影。みんなと交わりたくて柔道部に入った。顔の半分がそばかすとなっていた。
○月田。もの作り大学は、「工務店の社長」づくりに等しい。舟を何艘か作っている。/中高年もいて学生は現在三百何人。学費年百ン十万円。もの作りが好きな人がいる。工作機械室はHが説明してくれた。建築棟ではAが説明してくれると思ったがやっぱりHだった(笑)。
○美川。タンザニア。「ヨーロッパにあるのか」(笑)。誰かが「アフリカ、南米、東南アジア」と、どさ周りと言わんばかり。/苦労していることがある。チームに若い女性が入った。テーブルを囲むとこれが真向かいにしか座らない。猫も俺に近寄らない。猫と同じだ。アルゼンチン時代にも同様のことがあった。「なぜだ」「わからない」(笑)。
○霧島。おやじさんが九十幾つとかで長生きだ。
○青玄。フランス文学部出なのに、白衣を着て口を糊している。向こう七十三まで月十万のローンがあり、ボランティアなんてとんでもない。若い時から人生半分降りて好きなことに励んでいる。富岡鉄斉を師表としており、九十で死ぬまで右肩上がりに、凛々と気の張った作品を書いていきたい。「大器晩成だ」と、石原さん。「青玄のは難しいからなあ」と誰か。